試合において「最後に立っていた者が勝利者だ」と言われる事がある。倒れぬ者が勝利者、と言う事になるのだろう。しかし、それが真理なのだろうか?闘う者の価値観はそれぞれ違うものだ。その違いをルールではまとめきれないのではないだろうか?闘い続ける者にはPRIDE(折れない心)があるのだから ー
前回の試合で禍々しい輝きを放つ新人との一戦を、ダウンこそまぬがれたものの記憶を失い自分の闘い方が出来なかった自分に俺は怒りよりも虚脱感を感じていた。「虚脱感」、心の泥濘(ぬかるみ)とも言うべきこの感覚に囚われた者は前にも進めず、鉛のようになった心は底なし沼に沈んでゆく…。人生の終わりを迎える時ならこんな感覚もいいかもしれない、俺にはふさわしい気さえする。しかし、「このままで終わらせるな!」と俺の中の何かが叫ぶ。この「虚脱感」を振り払わなくてわ。
俺は馴染みの酒場にいた。店の中には数多くの焼酎・洋酒が並び、旨そうな酒の肴の匂いが漂っている。客は俺以外の馴染みの客が3組ほどいる程度だ。あまり広いとは言えない店の中では丁度良い人数かもしれない。
そこで俺はある人物を待っていた。あの禍々しい輝きを放つ新人だ。「虚脱感」を払拭する為には奴のリング(野試合)で俺の闘いを貫き通さなくてはならない、そんな気がしたからだ。
奴が現れた。俺の空気と奴の空気が触れ合う。体からアルコールが抜けていくのが分かる。そして、それが心地良い。マスターに「すまん」と一言詫びを入れ、俺は奴の前に立った。さすがの奴も突然の事で構えが取れていないようだ。好機。しかし、俺は奴の体勢が整うまで待つ。奴の不適な笑みと供に酒瓶が飛んでくる。俺はそれをダッキングでかわし、ボディーにショートアッパーをねじり込む、奴の禍々しさを打ち砕くように。離れざまに奴の膝が飛んでくる。足の根元を押さえ、膝を止めつつフックをテンプルに叩き込む。何でもありの野試に反則はない。いや、むしろルールを持ち込む事が反則かもしれない。それを俺は今やっている。
「来い、ここはお前のリングだ。お前のベストを尽くして俺をねじ伏せてみろ」
三宅 良